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FAX NEWS No.46  クリスマス特集号 瓦版第二号

                   発行責任者:谷 大二 2007年12月5日(水)発行


見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。
その名はインマヌエルと呼ばれる。  マタイ1:23


主イエス・キリストのご降誕 おめでとうございます!



メリー・クリスマス!

難民移住移動者委員会
委員長 谷 大二

     

 キリストの誕生、その一日はどのようなものだったのでしょうか?  

  今から約2000年前、キリストは誕生します。 マタイ福音書によると、ベツレヘムという町の小さな家で(2:11)キリストは生まれました。夜になって、三人の博士たちがやってきます。博士といっても、占星術の学者といったほうが良いでしょう。星に導かれてキリストを探しに来たのです。  幼子イエス、母マリア、父ヨセフ、三人の博士。世界で最初のクリスマスの夜です。ところがこの博士たちの訪問が大問題を引き起こすことになってしまったのです。  

  三人の博士たちはエルサレムの町で「ユダヤの王様はどこで生まれましたか?」と聞いてまわりました。そのことはユダヤの王、ヘロデも聞き及ぶこととなりました。 ヘロデは自分の王としての身分に危機感を持ち、博士たちの情報を得ようとします。そして、生まれてきた幼児をことごとく殺害してしまうという計画を立てていました。

  それを知ったヨセフはそこに留まることは危険と判断しました。大切な子どもを守らなくてはなりません。その日の夜遅く(マタイ2:14)、難を避けるために町を脱出することになりました。ヨセフは生まれたばかりのキリスト抱き、マリアをロバに乗せ、エジプトに向かいました。生まれたばかりのキリストはもちろん、産後間もないマリアにとっても、真夜中の脱出劇は命がけでした。

  キリスト誕生の一日はこんなあわただしい一日だったのです。「メリー・クリスマス」とキリスト(=救い主)の誕生を私たちは喜び祝います。それはそれで喜ばしいことなのですが、当のヨセフ、マリア、キリストにとっては、喜びもつかの間、難民としての生活の始まりの日でもあったのです。

  クリスマスの夜、今もそんな家族が世界の中にたくさんいることも思い出してください。皆さんの中にも、これに似た経験を持つ人もいるでしょう。しかし、このクリスマスの夜が、救い主、キリストの歩みの始まりであったのです 。今年も当委員会へのご理解とご支援ありがとうございました。2008年はブラジルへの日本移民百年にあたります。ブラジルでも日本でも記念行事が行われる予定です。

  2008年もよろしくお願いします。  



ミヤンマー人大量仮放免に思うこと

茨城県牛久市にある収容所には、現在400人あまりの外国人が収容されています。彼らがもっとも期待するのは、保証人が見つけ、仮放免の申請をしてもらい、一時的であれ収容所から解放されることなのですが、なかなか許可になりません。4回、5回と繰り返し申請しても許可されないケースが少なくありません。

  ところが最近、ぞくぞくと許可が出ています。1日に5人、6人が同時に出所することもあります。そのうちの多くがミャンマー人です。先日世界を震撼させたデモ隊に対する軍の発砲事件で日本人ジャーナリストが射殺されて以来、難民申請中のミャンマー人被収容者の仮放免が目立つようになりました。まだ収容されたままのミャンマー人たちは、かなりの期待を抱いているそうです。「あの事件で、ようやく日本もミャンマーのことを真剣に考えるようになった。自分たちもすぐに放免されるだろう」と話し合っているとか。

 仮放免で出所する際には保証金を積まなければなりません。金額は人によって異なりますが、一番多いのが50万円です。しかし、最近出所したミャンマー人は一律に30万円で出られたとのこと。「もう一人日本人が死んでくれれば、保証金はタダになる……」というジョークがはやっているそうです。   国会議員と弁護士が法務省にかなり厳しい申し入れをしたという話を聞きました。ミャンマーの情勢が激変している時期に、その国からやって来た難民申請者を収容所に入れておくのは、国際的に恥ずかしいことだから解放するべきだという申し入れに、法務省側は「全員出所させる」と約束したそうです。 多分、その結果、仮放免が目立って増えたのだろうと思われます。

  われわれ支援者にとっては、解放される人の増加は大変嬉しいことです。それなのに、支援者たちの会話の中に、「喜んでばかりはいられない」という言葉が頻繁に出てくるのです。なぜでしょうか。出入国管理は出身国の情勢によって変化するものです。ですから、今回牛久の収容所にいるミャンマー人の扱いが変わったのは当然のなりゆきと言えます。その扱いの変化が人道的な配慮から出たことならば、支援者たちももろ手を挙げて喜ぶしょう。しかし、なんとなく法務省や外務省の思惑だけで決められたことのように思えてならないのです。

  世界中の耳目がミャンマーに注がれている時に、難民申請中の大勢のミャンマー人を日本政府が収容所に閉じこめているという事実が知れ渡り、国際的に非難されるようなことがあっては困る。非難の材料はなるべく早くなくしておきたいという下心があるのではないか……そう思えて仕方がないのです。人道的な見地から出所させるのではなく、国の体面を保つための処置であるような気がしてなりません。そうでないと言うのなら、収容中の他国の難民申請者が放免されない理由を説明してもらいたい。それが支援者たちの共通した思いです。国の施策にもう少し人道的な様相がみえるようにならないものでしょうか。

  これが前例となって、日本の難民行政や外国人対策に大きな変化が起こってくれれば有難いと思います。そして、今回の事件が忘れ去られたときに、ミャンマー人たちがいっせいに再収容されることがないよう切望します。  

文責:齋藤紳二(さいたま教区助祭)



自分らしく生きる道を
ー在日ベトナム人青年のアイデンティティー 

 前橋市にある「あかつきの村」がベトナム難民を迎え入れて25年になります。これを契機に2世の青年たちを対象に2泊3日の黙想会が計画されました。

 テーマはアイデンティティ。参加者は信徒4名。一人は日本で生まれ、一人は幼い頃に日本に渡り、二人は家族の呼び寄せで来日しました。初日、参加する動機や期待を聞き、またそれぞれが一番大切だと思わ れることを語ってもらいました。日本生まれは「お金」、日本育ちは「アイデンティティ」、呼び寄せの二人は「家族」とありました。参加者の回答の中に、在日ベトナム人青年の社会的背景とそれぞれが抱えている問題が浮き彫りにされたように思われましたので、その思いを伝えたいと思います。

  なぜベトナムなのか、またなぜカトリックなのか、これは多くの在日ベトナム人青年たちを悩ませた問いかけです。 考えなくても済む問題ならおそらく彼らも考える必要はないでしょう。しかし、日常生活のあらゆる機会において、 ベトナム人でもなく、カトリック信者でもない人とお互いに顔を合わせる彼らにとって、常に突きつけられる問題です。 少数派に属するというのは、自分のアイデンティティを問われながら生きる環境です。自分がどこから来て、どこに 所属しているのか、ほんとうにベトナム人である必要があるのか、カトリック信仰は何か役に立つのだろうかなどと 問われて生きているのです。

  青年たちは自分たちが好む好まずともベトナム人の親から生まれ、カトリック信仰を 受け継いでいます。この事実を確認し、また受け入れられる土壌をつくってくださってきた 皆様に感謝します。彼らは日本人の友人たちと共に生きていく中で、自分の出身国や信仰を 隠さないで生きられる社会を望んでいると思います。日本人の間にまざって社会の一員として 暮らしていますが、日本人の行動と同じように振る舞うことができません。社会の中で、独り にされたくない、人との関係を壊したくないという思いから、皆と同じようになろうとしても無理があると思います。

  アイデンティティは、自分らしく生きるためには確立しなければならない事柄ですが、どうすればいいかまだ分かりません。個々人の問題なのかもしれませんが、個々人が正しい知識をもって判断するためには周りの助けが必要です。日本社会のさまざまな障害と付き合えるだけの、ベトナムに関する知識やカトリックの教養を身につけることによって自分自身を成長させていく必要があると思いますが、現状ではこれが非常に大きな課題です。また、自分たちの出身や信仰に対する誇りをもつことも非常に重要ですが、これは家族や周りのカトリック的な環境に負うところが大きいと思います。親から教わるベトナムの習慣や伝統あるいは信仰だけでは、不充分のようです。本人たちが生活体験を通して学び、固めていかなければならないところがあるからです。
 
  確かに、これらの問題を無視して生きようとする人、あるいはこれらの問題を一般化して、ベトナム人社会やカトリック教会の助けなどを借りずとも立派に生きられる人もいるでしょう。それはそれでいいのかもしれませんが、わたしたちは、「出発点」として日本の社会で生きはじめた「あかつきの村」でベトナム人としてカトリック信徒として自分らしく生きる道を一緒に考える場をいただくこと ができました。日本社会の中で、少数派として生きる共存の道は、なお険しいものがありますが、これらの試練や体験をとおして、彼ら自身がアイデンティティを確立するためにも、日本社会が異質のものを受け入れるためにも、必要な段階の一つではないかと思いました。

文責:竹内麟太郎(コンベンツァル聖フランシスコ会司祭)

Thank you & See you again!!

 

 私は15年前、濱尾枢機卿(当時横浜教区)に頼まれて、船員司牧の専任になりました。今年末に転勤になるため、横浜での船員司牧と全国担当司祭としての体験について書くように頼まれました。恐縮ですが少し分かち合いたいと思います。



 船員たち(日本人と外国人)に会って、彼らのたくさんのニーズに出来る範囲で応えるようにしてきました。港に来た船員に対して、船の訪問、心のケア、送迎サービス、離れている家族への国際電話、郵便、送金、インターネットの提供、病人の訪問、また希望に応じて船の祝福、お葬式やミサ祭儀を行うのが主な活動でした。

 船に乗ると歓迎され、そこで家族の問題や喜ばしいこと、仕事関係の問題など色々な話を聞いて、たくさんの意味深い出会いがありました。数年前から船員たちの大きな悩みは“テロリスト扱い”されているということです。「自分もテロのない世界を願い犠牲を払って家族のために船に乗っている」「疑わしい存在に思われて嫌だ」と。それに“テロ対策”を理由に、船員達は完全に上陸禁止か、あるいは時間制限されます。私たちが船員しで生活できないことを自覚して、少しでも恩返しするのは当然ですし、特に船員なしでは全く維持できない、輸入、輸出会社は配慮してほしいと思います。「私たちが運んでいる荷物がなければ、一体どうするんだ」という声を何回も聞いています。

 船員たちはほとんど男ばかりですが、よく一緒に暮らしていることに私はすごく感心しています。仕事、食事、暮らし、ずっと同じ狭い場所にいて逃げ場なしです。とてもよい雰囲気の共同体であることを、特にミサの平和の挨拶の時に何回も感じました。船員たちは50カ国以上の出身で文化、習慣、宗教も違います。他宗教の信者さんの話しを聞き、一緒に祝い、勉強にもなったし、意味深いひとときがたくさんありました。

 船員司牧に携わって、船員はもちろんですが、港関係の人々も大事だと思っています。警備員、代理店、港湾労働者、セキュリティ関係などの皆さんのお陰で仕事が出来ます。船員たちと一緒にミサ、祝福、お葬式、お祈りをしましたが、彼らにとっては滅多にないミサなので、その真剣な姿が私の力になりました。「私も日本の信者もあなたたちの為に祈っています」と言ったら笑顔で「お祈りありがとう」って。船員達が教会へ行くと「とても親切にしてくれた」という話を時々聞きます。「手で編んでくれた毛糸の帽子を今も使っていますよ」と嬉しそうな顔で言ってくれます。

 船員司牧に携わっている間、聖公会、キリスト教団、カトリック信徒と信徒宣教者と共に働いて、とても力になりました。港までは行かれなくても、大勢の信者さんの支えは私にとって欠かせない励みでした。皆さんのお祈り、支援(霊的、経済的、時間的、人材的)をお願いします。教会がサービスから遠く離れている人々と連帯しているように、船員たちへの関わりも大事な使命ではないかと思っています。船員司牧はとても良い活動なので、後継者が生まれ、全国の港で少しでも活動が活発になったらいいなぁと心寂しい中で、希望を持っています。

  最後に、この船員司牧は司祭としても宣教師としても生きがいのあった15年間でした。それを可能にした日本の教会と大勢の人々に心から感謝しています。


文責:レイモンド・デロシェ神父(船員司牧全国担当者)



バチカンもホームレス問題に!

 「ホームレスの人々の司牧のための第一回国際会議」がバチカンから呼びかけられました。2007年11月26−27日の二日間の日程。ガイドラインとして送られてきた資料から、扱う内容はストリートチルドレン、ホームレスの人たち、路上の売春をよぎなくされる女性たち、それになぜか長距離輸送のドライバーや集団で流浪するバイクライダーたちまで。生活の多くの部分を「道」すなわち路上で過ごす人々にかかわる問題というくくりのようです。司牧の面でこの分野における教会の組織的な取り組みをうながすための国際会議です。難民、移住者、ロマの人々、サーカス団、露天商、巡礼者などについては、同委員会ですでに扱い済みということで詳細をはぶき、今回とり扱う問題の背景に位置づけています。

 日雇い労働者、野宿を強いられた人々の中で暮らして18年、社会的弱者とされる人々に伴うさまざまな問題に接してきました。けれどもそのほとんどは、社会の仕組み、世間の価値観がつくりだし、押しつけているものです。当事者である人たちの真の問題によりそうことをせず、はたから見て心を痛め、どうしよう、こうしてあげようかと、こちらの一方的な善意と援助・お金をばらまく。こういうやり方は、現場サイドには焼け石に水、ばらまく側にとっては一抹の精神安定剤にすぎません。

 当事者の人たちに傾聴し、当事者の側から問題を見つめなおし、問題のもと(原因)をきちんと押さえた上で、支援とその方法を決めることです。既存の制度や行政の取り決めに原因があることが少なくありません。支援にかかわる多くの活動グループと連携した取り組みが効果的です。

 2002年10月12日読売新聞(夕刊)に、大阪市内で発生する異常死の「死体検案記録」を精査した黒田研二・大阪府立大教授(公衆衛生)グループの調査結果が紹介されました。前年1年間の「ホームレス状態の人の不自然死」306人(うち女性6人)についての、日本で初めての調査でした。

死亡場所
路上90、公園45、河川敷17、水中7、簡宿(簡易宿泊所)71。 発見のおくれも目立ち、高度腐敗、白骨化、ミイラ化 が計33例あった。
平均年齢
56,1歳と比較的若く、最年少は 20歳、最高は83歳。
死因
病死が167人で55%を占めた。(中略) 自殺は52人、他殺は少年グル ープの暴行を含めて6人だった。餓死 が18人、凍 死が19人もあった。毎年、同様の状況が続いていると見られている。
とコメントしています。

 野宿者の自殺は一般社会の6倍の比率、ストレスによる胃・十二指腸潰瘍での死亡は8倍、結核での死亡は44倍だそうです。ホームレス問題の一角を示すこの現実に、世間と行政が思いつく施策は、救急医療、シェルター、飢えをしのぐ乾パン、ホームレス自立支援センターという3ヶ月限定の囲い込み施設・・・。これに対して当事者の人たちの声は、「仕事さえあれば・・・」「福祉(生活保護)の出し惜しみはしないでくれ」です。

 バチカンがキリストの福音の核心に根ざした指針を出すことを期待したいものです。



文責:本田哲郎神父(大阪ふるさとの家)



どこまで強まる?外国人管理
〜『テロ対策』と日本版US-VISIT〜

 10月27日(土)、在日本韓国YMCAにおいて、社団法人アムネスティ・インターナショナル日本と移住労働者と連帯する全国ネットワーク主催のシンポジウムが行なわれた。マスコミも含め、100名程の参加者があった。テロ対策を名目とした「日本版US-VISIT」導入が昨年決定され、今年11月より施行される。US-VISITは、正式名称United States Visitor and Immigrant Status Indicator Technology(米国訪問者・移民現況表示技術)と言う。2004年1月から米国で導入したスキャンシステムによる米国訪問者の指紋・顔情報の採取プログラムのことである。日本では、一部を除いた滞日外国人に対し、入国及び再入国の度に、指紋・顔情報の提供を義務づけるもので、提供された情報は長期間保存され、警察からの照会要請で犯罪捜査等の利用や行政機関の個人情報保護法に基づく目的外利用が懸念される。

 シンポジウムでは、まず自由人権協会の旗手明氏が「日本版US-VISITとは何か?」について日米比較を行なった。その後、米自由人権協会共同代表のバリー・スタインハード氏が、US-VISITを始めとする「テロとの戦い」の下で進められる、様々な米国監視体制とその動きに追随する日本政府の構想・外国人管理強化策の問題点を指摘した。 バリー氏は、米国のセキュリティーをアンデルセン童話の『裸の王様』同様、幻想であり、反テロのために大量の個人情報が誤用され、自由が脅かされていると主張している。  

  パネル・ディスカッションでは、「テロ対策と強まる外国人管理〜市民社会は何をすべきか〜」について質疑応答が行なわれた。私たちは、米国政府のこれらの計画が本当に効果的であるのか、日本版US-VISIT施行により、本当に安全は保証されるのか、また私たちの基本的自由が犠牲にされることはないのか疑問を持たなければならない。  

  指紋・顔画像といった生体情報は究極の個人情報であり、テロ対策名目でデータ収集することは、プライバシーの侵害である。また、日本の外国人登録での指紋採取について、撤廃した歴史的経緯がありながら、再び外国人に限って指紋情報の提供を義務化することは差別につながる。法務省の入管システム最適化計画の中で、個人情報を一元的に統合・管理することは、テロ対策の範囲を超え、いずれは外国人だけでなく、広汎な市民の日常生活における「プライバシー」、「基本的人権」に対する脅威が急速に拡大していく危険性を秘めていることに気がつかなければならない。

文責:事務局



 本年も難民移住移動者委員会の活動をご支援いただき、ありがとうございました。今年は改正入管法の施行に伴う新たな入国審査が始まり、また改正雇用対策法により就労機会を失うなど、外国籍の方々にとって痛みが増した一年でした。
  難民・移住者・移動者を取り囲む情勢は厳しくなっておりますが、日本で生活する多国籍の人々が、神様に愛され日本の人々に愛されていることを、現実の生活のなかで実感しつつ生きることが出来るように、小さなことからサポートを続けたいと思います。今年一年、皆様からいただきましたお祈りとご支援を心から感謝申し上げます。

 私たち委員会の活動は皆様の献金によって支えられています。どうぞご理解とご協力をお願いいたします。皆様のうえに 幼子イエス様の豊かな祝福が注がれますように、どうぞ良いクリスマスと新年をお迎えくださいませ。

難民移住移動者委員会 事務局


 


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