(カトリック新聞 2020年5月31日号掲載)
日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」への人権侵害を考えるシリーズ第5回は、入管収容施設の惨状や医療放置問題に抗議を続けるイラン人、ベヘザード・アブドラヒさん(41)の後半。
茨城県牛久市の東日本入国管理センター(以下・牛久入管)に長期収容されているベヘザードさんは、被収容者が餓死した長崎県の大村入国管理センターでのハンガーストライキ事件(昨年6月24日)をきっかけに、入管収容施設内で起きている人権侵害の実態を把握しようと、他の被収容者への聞き取り調査を行っている。
法務省HPで外国人差別
昨年10月1日、入管は退去強制令書が出ている仮放免者の実態として四つの事例を法務省のホームページに掲載した。仮放免とは、法務省が「非正規滞在の外国人」に対して、入管収容施設外での生活を認めるものだが、その四つの事例は、「外国人=犯罪者」という印象を与えるものだった。
そのうちの一つに、ラオス人が自宅にあったサバイバルナイフで警察官の胸部を突いて殺害しようとしたという内容があった。
ある日、ベヘザードさんは、そのホームページの資料を支援者からもらった。そして同じブロックにいたラオス人に、この事件について知っているかどうか聞いてみた。まさに、そのラオス人こそが、偶然にもその事件の当事者だったのだ。
すると、そのラオス人は、事件の裁判は既に結審していること、また警察官の胸部を突いたことは認定されず、公務執行妨害について無罪が確定していることを話してくれたという。法務省が公表した資料が虚偽であることを知ったベヘザードさんは、その事実を支援者に伝え、それが弁護士や野党の国会議員に伝わり、法務省のホームページでその資料は削除されることになったのだ。
この出来事は、法務省が意図的に「外国人=犯罪者」という悪いイメージを国民に植え付けようとしていることを浮き彫りにしたような形になった。
治療はしない
こうした意図的な「外国人差別」として、ベヘザードさんが指摘する問題の一つは、入管収容施設内での医療放置だ。ベヘザードさんは自身の体験を基に次のように説明する。
扁桃腺の持病があるベヘザードさんは今年3月20日、扁桃腺がはれ上がり、出血してしまったため、収容施設内での医師の診察を求めてアプリケーション(被収容者申請書)を書いた。医師が処方する抗生物質さえあれば症状は収まるからだ。しかし、職員は「忙しい」と言って、医師に会わせてくれなかった。のどの痛みで物が飲み込めず、食事ができない状況が6日間続いた。痛みも体力も限界になり、再度アプリケーションを書いても無視されたという。
ベヘザードさんはこう話す。
「昨年11月16日、入管の上級職員に、なぜ診察までに長い時間がかかるのですか?と尋ねました。その職員は『2週間かかる医者の診察はここで普通でしょう』と答えたのです。命を最優先にしないことが、入管では当たり前だという意味です。被収容者は皆、精神的にも身体的にも〝壊れている〟のに、職員は私たちを医者に見せないようにしています」
被収容者の中には、第2次世界大戦中のアウシュビッツ強制収容所を連想させるような、体重が半減し、ガリガリにやせてしまい、車いすを使わざるを得ない難民認定申請者もいる。精神的に〝壊れて〟しまった被収容者の中には、食事時間以外は手錠をかけられ、両足も縄で縛られた状態で1週間以上も〝保護室〟や〝懲罰房(隔離室)〟に収容された人もいる。また「仮放免」がやっと認められた時には、がんが重症化していたという病人もいる。
こうした医療放置によって、収容施設内では死者も出ている現実がある。
通院は手錠姿で
しかし〝運よく〟入管収容施設から外部の病院につながることができたとしても、通院時に別の人権侵害が起きているのだ。被収容者は、病院を往復する間、手錠と腰縄を付けられて移動させられる。病院では一般患者から犯罪者のように見られ、屈辱感を味わうことになる。
ある時、通院時の手錠姿を写真に撮られて、インターネット上で拡散されてしまった被収容者もいる。
「なぜ犯罪者ではないのに、手錠と腰縄を付けなければならないのでしょうか。入管には理由の分からないルールが多すぎます。職員にルールの根拠を問うと、『説明する義務はない』と答えます。そして(入管収容施設の)所長が変わるとルールも変わる。また職員は、私には許可を出さないのに、別の人には許可を出すなど、その不公平さにもストレスがたまり、精神的におかしくなります。まさに入管のやりたい放題です」
ベヘザードさんは昨年から2度ほど、2週間の「仮放免」許可が出たが、その間、ラジオ番組に出演し、新聞の取材にも応じた。また弁護士主催のイベントで入管収容施設内での人権侵害について訴え続けた。
このように日本のメディアや国民に向けて情報発信しようと決意したきっかけは、「日本の国と人々にいろいろとお世話になり、本物の日本を知っている」ベヘザードさんにとって、「入管のよこしまな方針と制度のせいで、全世界の中から日本を選んで来た外国人にとって、入管収容施設が〝反日の人々〟を育てる場所になっている」ことを情けなく思ったからだという。
ベヘザードさんが、日本のマスコミや国民に伝えたいことは、収容施設内で泣きながら子どもに電話をしている「お父さんの涙」ではない。自殺した被収容者の遺族の怒りでもない。また入管の悪口でもないと言う。
「皆さんにお伝えしたいのは、『このままの状況でいいのでしょうか?』という問い掛けです。私が日本の人々から学んだ教訓は、平和と安寧は話し合いから始まるということです。ですから入管には、第三者をはさんで入管収容施設にいる外国人との話し合いから始めませんか、という提案をしたいのです。私たちは人権を自分たちの国に置いてきたわけではありません。同じ人間だから、この私たちにも人権があるのです」