(カトリック新聞2021年2月21日号掲載)
日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、帰れない重い事情のある者たちの強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」に対する、人権侵害を考えるシリーズ第26回は、弁護士等に連絡する機会も与えられず、また裁判をする権利も守られないままに、違法に母国への強制送還が行われている〝違法執行〟の実態について。
「退去強制」とは、日本での在留が認められない外国人(非正規滞在の外国人)を強制的に退去させる「行政処分」のことだ。日本では「退去強制」と聞くと、「犯罪者だから母国に強制送還されるのではないか」と勘違いされることが多いのではないだろうか。しかし実際は、日本で難民認定されなかった正真正銘の「難民」や、国際結婚で妻子がいるものの「配偶者ビザ」がもらえなかった外国人が数多く含まれているのだ。
こうした強制送還は、難民条約の「ノン・ルフールマン(送還等の禁止)原則」に反し、また国際人権規約で保障されている「家族結合権(家族が同じ場所で暮らす権利)」の違反など、人道的、倫理的観点からもさまざまな問題を含んでいると言えるのだ。
妻や弁護士にも連絡できない
そのうちの最も大きな問題の一つは、入管が、当事者から裁判を受ける権利や、難民認定再申請の機会を奪う形で、強制送還を行っていること。
日本では1回目の難民認定申請で、難民として認められる可能性はほぼゼロに近い。そのため、当事者は複数回、再申請しなければならないのが実情だ。
入管は、当事者が難民認定申請中は、当事者を強制送還することはできない。そのため入管が使う手法は、難民認定申請が却下された直後から「再申請」等までのわずかな時間を利用すること。
言葉を換えれば、「一瞬の隙」を突いて、対象者を母国に強制送還してしまうのだ。対象とされた当事者には、その間、弁護士や家族に連絡する時間も与えない。母国に到着した夫からの突然の電話で、日本にいる妻が夫の強制送還を知るといったケースもあるという。
今年2月1日、難民支援に尽力する大橋毅(たけし)弁護士が原告訴訟代理人として提訴したケースを基に、強制送還執行の実態を以下に述べる。
アフリカ出身のカトリック信者の男性、Aさんに起きた送還未遂事件――入管収容施設に長期収容されていたAさんは、母国で他民族から迫害を受けていたことから来日し、日本で難民認定申請を行った。
しかし、入管が難民として認めなかったので、Aさんはその処分に「異議申立」をした。一昨年(2019年)末の12月23日、東日本入国管理センター(茨城県牛久市)に収容されていたAさんに、「異議申立」に対する棄却決裁の通知書が届いて、手渡されたのだ。
Aさんは書類の内容に不安と疑問を感じた。それで、受領証への署名を拒否。すると、いきなり10人ほどの入国警備官が部屋に入ってきて、Aさんを別室に運び、腰縄をかけて、弁護士や家族に連絡することも許さないまま、強制送還の準備を始めたというのだ。
入国警備官はこう言い放った。
「(Aさんに)裁判をする権利はあるが、(退去強制命令)の決定を執行しなければならないので、今日、送還する」
5時間以上の暴行
その日、Aさんは体調が悪く、また両膝に痛みがあったので、車いすで移動していた。ところが、入国警備官はAさんの両腕と両足を持ち上げて、車いすから離し、そのまま自動車に乗せて成田空港に連れて行った。そして空港の一室で、Aさんを床にうつぶせにして、後ろ手に手錠をかけてから、いすに座らせるという〝手荒い準備〟を始めたのだ。
およそ5時間もの間、体の自由を奪われたAさん。入国警備官は、Aさんを座らせたまま手錠のかかった両腕を強く持ち上げる。激痛から過呼吸になったAさんを、今度はあおむけに寝かせて、その両膝に全体重をかけて押さえ付けるなどの暴行を繰り返した。
そして、意識がもうろうとしてきたAさんの体を持ち上げて、手でAさんの口を押さえながら飛行場内に待機していた車に押し込み、当該航空機の昇降機まで来ると、そのまま航空機内に搭乗させたのだという。
驚くべきことに、搭乗してからも、入国警備官による暴行は続いたのだ。異変に気付いたパイロットが、入国警備官を制止。そして、Aさんに英語で事情を尋ねたという。
「無理やり帰されそうになっている。(母国に)帰ったら殺される。息ができないくらい苦しい」
Aさんがこう言うと、入国警備官は話を遮ろうと、Aさんの口をたたいたという。その様子を見ていたパイロットは、ついにAさんの搭乗を拒否。結局、強制送還は未遂となったのだ。
入国警備官は悔しさからか、Aさんの体を持ち上げることなく、そのままタラップから引きずり下ろしたという。Aさんの足の爪ははがれ、手錠をされた手首の腫れは2週間ほど治まらなかった。また、事件から約2カ月間は腹痛が治らず、血の混ざる嘔吐(おうと)を繰り返したという。
画期的な判決
こんな理不尽な扱いを受けたAさんは今、「仮放免」が認められ、日本で得た家族と暮らしている。Aさんは一昨年1月に2回目の難民認定申請をし、昨年(2020年)6月、「難民認定をしない処分」に対してその取消を求める訴訟を起こし現在、係争中だ。
大橋弁護士はこう話す。
「裁判等をする権利を奪うことは完全に違法。しかしながら、今国会で審議予定の入管法改定案には、強制送還の際に、本人の抵抗によって送還が中止になった場合でも処罰の対象になる『送還忌避(きひ)罪』(仮称)が含まれている。このまま改定案が成立すると、たとえ入管の違法な送還であったとしても、それに抵抗する者が刑事罰を受ける、ということが予想されるのです」
こうした状況の中、今年1月13日、難民等を支える弁護士らを勇気づける画期的な判決が出たという。それは次のようなものだった。
ある南アジア出身の男性の難民認定申請が却下され、「異議申立」をしたが、2014年にそれも棄却され、翌日に強制送還されるという事件が起きた。これに対して、名古屋高等裁判所は、それまでの入管の悪しき〝慣習〟に初めて異議を唱え、メスを入れたのだ。
「送還まで第三者との連絡を認めなかったなどの入管職員の行為は、男性が司法審査を受ける機会を実質的に奪った」と指摘し、国に賠償を命じる判決を下している。
【注】「仮放免」とは、「非正規滞在」となった外国人に対して、入管が入管収容施設の外での生活を認める制度。就労は禁止され、国民健康保険にも加入することができない。