第2回 長期収容も仮放免も”拷問”
(カトリック新聞 2020年4月5日号掲載)
日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、強制送還したりしている。「非正規滞在の外国人」への人権侵害を考えるシリーズ2回目はナイジェリア人の難民認定申請者のエリザベス・アルオリオ・オブエザさん。
写真=被収容者の窮状を訴えるエリザベスさん
茨城県牛久市在住のエリザベスさん(52)は16年間、各地の入管収容施設に出向いて、被収容者の話を聞き、そして生活用品を差し入れ、共に祈る活動を続けてきた。毎日、午前3時に起床し、4時に自宅を出発。教会で祈り、それから牛久や東京・品川など、各地の入管収容施設に足を運び、被収容者を支える生活を16年間続けている。
収容施設の面会室で出会うのは、無期限の長期収容でうつ病を発症した人や、医療放置されている病人等、支援が必要な人ばかり。 在留資格がないために強制退去命令を受けているこうした被収容者の半数は、母国での迫害など、さまざまな事情で帰国ができない状況に陥っているが、日本で「在留特別許可」がもらえずに、収容が長期化しているのだ。
実は、エリザベスさんにも在留資格はない。ナイジェリアでは、故郷の独立紛争をめぐり治安が悪化し、また望まぬ結婚を強要させられた。さらに伝統的な「女性器切除」の悪習もある。こうしたことから逃れ、命を守るために、1991年に知人を頼って日本にやってきた。
エリザベスさんは工場で働きながら教会や病院でのボランティア活動を続けていたが、2004年、外国籍信徒が入管に収容されることが多くなり、入管収容施設での面会活動を開始した。
06年、品川の東京出入国在留管理局(以下・東京入管)で難民認定申請を行い、「仮放免」が認められた。「仮放免」とは、法務省が「非正規滞在の外国人」に対して入管の収容施設外での生活を許可するものだ。しかし11年、「仮放免」の延長申請が認められずに、理由不明のまま、エリザベスさんは突然、東京入管に収容された。
「それまで、私は〝面会に行く側〟だったのに、〝面会される側〟になった。自分が収容されて初めて、収容所内の実態を知って、驚きました」
部屋には14人が収容され、換気扇のないトイレからは悪臭が漂っていた。自由時間以外は部屋の鍵が外から掛けられ、長時間拘束された。
在留資格がない理由
入管収容施設には、日本人配偶者と離婚したことで在留資格(配偶者ビザ)を失った人、低賃金の長時間労働の末、賃金未払いで、しかも解雇された技能実習生もいた。空港の入国審査時に、難民として保護を求めたが、そのまま収容された人もいたのだ。
「ある日、自殺を図った人がいて、部屋が血だらけになった。私は、『この娘をすぐに病院に連れていって』と訴えて抗議した。でも、入管職員は病院に連れていかない。お医者さんもすぐに来なかった。これはいじめです。私たちはみんな同じ人間です。この大地は神様のもの。なんでビザをあげないの? なんで病院に連れていかないの? どうしてなの?」
2度の入管収容中、エリザベスさんは毎日毎日、入管の職員に抗議し、所長に手紙を書いた。病気の人がいれば、「早く病院に連れてって」と訴え、苦しむ人がいれば、職員に「自分が同じ立場ならどうするの?」と言い続けた。この姿勢は今も変わらない。
エリザベスさんは「仮放免」の身であるため、働くことはできない。生活費も活動費もすべて寄付によるものだ。時々、入管職員が自宅を訪ねて来るほど監視は厳しい。
また、居住地のある茨城県から出るためには、「一時旅行許可書」が必要となる。面会活動の度に、牛久から東京入管まで、高い交通費を払い、長い時間をかけて許可書をもらいに行く。
「善意の寄付による私の面会活動は〝神様の仕事〟です。神様がいつも私をケアして、知恵や健康を与えてくれて、どうするべきかを常に教えてくれるから、何も怖くない。私はクリスチャンとして実行するだけです」 エリザベスさんは、仮放免者の会の代表を務め、グレース刑務所伝道ミニストリー共同創設者でもある。昨年末には、多田謡子反権力人権賞を受賞している。