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第29回 スリランカ人留学生の奪われた命

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(カトリック新聞2021年3月28日号掲載)
 日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、帰れない重い事情のある者たちの強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」に対する、人権侵害を考えるシリーズ第29回は、夢を抱いて来日した留学生、スリランカ人女性が名古屋出入国在留管理局(以下・名古屋入管)の収容施設で死亡した事件を取材した。今回はその前半。

 今年3月6日、名古屋市港区にある名古屋入管の収容施設でスリランカ人女性Sさん(33)が死亡した。死因について、入管は現在も「調査中」として公表していない。しかしSさんの母国では、「セイロン・トゥデイ」紙(3月16日)が死因を「餓死」と報じた。そして、「入管施設における全ての被収容者についての健康(多面的な幸福)・保護責任は、日本の入管にある」という駐日スリランカ大使館のロシャン・ガマゲ公使の言葉も載せている。
 Sさんが死に至った経緯を、東海地方で活動する外国人支援団体「START(スタート)」顧問の松井保憲さんの報告書を基にまとめてみた。

学費払えず在留資格失う

 「日本の子どもたちに英語を教えたい」という夢を持ち、Sさんは2017年6月、留学生として来日。日本語学校で1年間学ぶが、母国からの仕送りが途絶え、学費が払えなくなったSさんは「留学生」の在留資格を失い、「オーバーステイ」(超過滞在)の身に。
 所持金もなく、母国の家族とも連絡が取れなくなってしまったSさんは20年8月、「非正規滞在」であることを理由に名古屋入管に収容された。
 「START」のメンバーがSさんへの面会を始めたのは、同年12月9日のこと。収容後わずか5カ月で、Sさんの体重は12㌔も激減。今年1月20日、「のどに髪の毛が絡まっているような違和感があり、ご飯や水を少ししか取ることができない」とSさんは訴えていた。既に体調はかなり悪化していたが、名古屋入管の看護師は「適度な運動と胃のマッサージをしなさい」との助言を与えただけだったという。
 以下、Sさんの病状を細かく追ってみる。
 1月27日、Sさんは「足がとても痛い、お腹から(胃液)が上がってくる感じ。舌、下唇がしびれる」と訴えて、名古屋入管医務局内で検査を受ける。
 28日、松井さんへの電話で「吐いて、血が混じっていた。死にそう」だと訴える。
 しかし翌29日、名古屋入管医務局からの検査結果は「問題なし」。同日晩、その検査結果を打ち消すように、Sさんは嘔吐(おうと)し吐血。入管職員から「迷惑だから」と言われ、共同部屋から単独房に移される。Sさんは、めまい、動悸(どうき)、手足のしびれ、下半身が動かないと訴えたが、その時点で処方されたのは、ビタミン剤と消化鎮痛剤だけ。Sさんはビタミン剤を飲んだという。
 以後、Sさんは嘔吐を繰り返し、食事も水も薬も取れない状態に陥り、全身がしびれて、歩けなくなる。

脱水症状でも点滴させない

 2月5日、外部の病院でSさんは内視鏡検査を受けた。医師は「胃の中に幾つかびらん(ただれ)が目立つが、良性」と診断。そして点滴を打つ話もしたが、同行した入管職員は、点滴を打たせずにSさんを名古屋入管に連れ帰る。
 2月9日、「START」のメンバーが面会に行く。Sさんは車いすに乗り、嘔吐用のバケツを抱えていた。そしてこう話した。
 「(同日午前)10時過ぎ、トイレに行きたくて職員を呼んだけど、職員は(コロナ対策だからと)部屋に入らない。ドアの所に立ったまま『(トイレは)一人でやって』と言った。立ち上がって歩こうとしたら転んで、左脇腹や左腕などを強く打った。自分では起き上がれないので、そのまま倒れていた。でも、職員は何もしてくれなかった。しばらくして(共同部屋から)女性(被収容者)が来て、私を抱き起こしてくれた」
 Sさんは、介助がなくては生活できない状態だったが、入管職員はただ傍観し、放置しているだけ。
 「START」は1月から名古屋入管に対して、Sさんに点滴を打つように何度も要求していたが、名古屋入管側はそれに応じない。そのため、2月10日にも、名古屋入管に「点滴と入院が必要」だと訴え、「入院させないのであれば、仮放免(入管収容施設外での生活)を認めてほしい」と「申入(もうしいれ)」をするが、2月16日、仮放免申請は不許可となる。

支援団体の訴えを拒絶

 2月12日、「START」との面会に来た車いす姿のSさんは、面会中に何度も嘔吐を繰り返す。目がうつろで焦点が定まらない。Sさんは唯一、経口補水液だけは飲めたため、「もっと欲しい」と頼んだが、職員は1日600ミリリットルしか与えなかったという。
 2月17日、面会室で車いす姿のSさんはこう話す。
 「職員から『あなたはうそをついて(病気の芝居をして)いる』と言われた。歩けないのに、『リハビリだから歩け』と言われ、トイレに行こうとして(歩けず)倒れても助けてくれなかった」
 2月24日、Sさんの体調が悪く、「START」との面会は中止となった。
 亡くなる3日前の3月3日、面会室に現れたSさんの目はくぼみ、皮膚には張りがなく、唇は半分黒くなり、荒れていた。口元に唾液がたまり、話すと泡になるため、まるで泡を吹いているようだったという。そして車いすに寄りかかるSさんは上体を動かすこともできなかった。
 そしてこの面会の最後に「START」のメンバーに残した言葉が、Sさんの遺言となった。
 「今日、(私をここから)連れて帰って!」
 面会後、「START」のメンバーは、名古屋入管の処遇部門で「このままでは死んでしまう。すぐに入院させて点滴を打ってもらいたい」と強く訴えたが、職員は「予定は決まっている」と答えるのみ。
 そして3月5日、心配した「START」メンバーが、面会に行くが、Sさんは衰弱し、面会室に現れることはなかった。3月6日午後2時5分、見回りの職員の呼び掛けに、Sさんは反応せず、脈拍もとれず、緊急搬送された病院で午後3時25分、死亡が確認された。
 「START」は3月11日付で、名古屋入管に対して1週間以内に真相を公表するよう「申入書」を提出。3月18日、回答を求めて再度「申入書」を提出した後、名古屋入管前で「亡くなったスリランカ人女性を追悼し、入管に真相の公表を求める集会」を開催。支援者や在留外国人など約30人と共に、入管の非人道的な対応を糾弾した。
 マスコミにあおられる形で、上川陽子法務大臣は3月9日、事実関係を「速やかに調査するよう指示した」と言うが、第三者機関が介入しない入管による内部調査に期待はできない。調査開始前の3月8日時点で、入管はCBCテレビに対して「医師の指示に基づき適切な処置をしていた」と答えている。
 4月中旬から国会で審議される予定の入管法改定案。「政府案」は、これまで以上に「非正規滞在の外国人」への「管理」と「排除」を強化する内容になっている。次回は、このスリランカ人女性死亡事件と入管法改定案とをすり合わせて、入管による人権侵害の問題を考える。

3月6日に死亡したスリランカ人女性Sさんが名古屋入管から支援者に送った手紙(一部)

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