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54 粘り強く交渉し入管行政を変える
(カトリック新聞 2022年2月27日号掲載)
日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、帰れない重い事情のある者たちの強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」に対する、人権侵害を考えるシリーズ第54回は、長崎県大村市にある大村入国管理センター(以下・大村入管)から福祉施設に移された、難病で寝たきり状態に陥っているネパール人男性の事案を取材した。
入管の長期収容問題が国内で知れ渡るきっかけとなったのは、2019年、大村入管で起きたナイジェリア人男性のハンガーストライキ・餓死事件だと言えよう。大村入管の施設に収容されていた「サニーさん」(愛称)が入管の長期収容に対して命を懸けた抗議行動を継続、死亡した事件だ。
当時、マスコミも取り上げ、入管が、世間の注目を浴びるという事態を招いたが、あれから3年、全国の入管収容施設の実態は依然として変わっていない。
無期限で長期間収容されている被収容者たちは、肉体や精神の病を得る者が多いという。中には社会的事件として大きく報道されたスリランカ人女性(前号などで既報)のように、命を落とす犠牲者も出ているのだ。
そうした中で大村入管でも現在、被収容者のネパール人男性Aさんが、難病により寝たきり状態になったが、本格的な治療(手術)は受けられずに、入管外の福祉施設に移送されたという事案が起きているという。
入管収容施設で難病を発症
Aさんは2019年1月、東京・港区の東京出入国在留管理局(東京入管)の収容施設から大村入管に移送。同年4月、施設内での運動中に他の被収容者と接触、足を損傷した。それ以降、左大腿(だいたい)骨に痛みを覚え、職員に治療の必要を訴えたが、1カ月後に大村入管内でレントゲン検査をした結果は「異常なし」。鎮痛剤による経過観察となった。
ところが、左足の痛みは収まらず、疼痛(とうつう)は股関節から膝にかけて拡大。そこで同年8月、大村入管は、Aさんを大村市内の病院に連れて行った。
MRI検査などの結果、「特発性大腿骨頭壊死(えし)症の疑いあり」との診断が出たが、これは大腿骨頭の一部に血流の低下が起こり、血の通わなくなった骨組織が死んでしまう難病を懸念する所見だ。
病院の担当医は、Aさんの今後の治療方針として、「手術適応」かどうか、専門医療機関で相談するように勧めたという。
この助言を受けた、大村入管内の非常勤医師(内科医)は、長崎大学病院宛てに紹介状を書き、同月、Aさんは同病院で受診し、「特発性大腿骨頭壊死症」と正式に診断されたのだ。
手術は認めない
病名が判明し、手術の必要性があることが明確となったわけだから、本来ならすぐに入院の準備を始めるのだが、入管収容施設のルールは世間一般の考える〝常識〟とは大きく異なるのだ。
大村入管に限らず、入管の病者に対する基本姿勢は、緊急性、進行性の病気でなければ「保存的治療」(手術以外の治療)で済ませるとしている。つまり、手術はせずに、「痛み止め」などの医薬品の服用が治療方法になるというわけだ。
そのことは、3年前の「サニーさん」餓死事件同様、大村入管の非常勤医師が長崎大学病院医師に宛てた紹介状の文言に残されている。Aさんの紹介状の一部には、こう書かれている。
「(前略)本センター(大村入管)は一時的収容所で原則的には根治治療は行わないことにしていますが保存的加療が可能かどうかを含め、加療方針につきご意見をお願い出来ればと存じます。(後略)」
これは、全国の入管に共通する基本方針だという。
つまり、入管収容施設では、原則として、病気を完全に治す「根治治療」は「行わない」としている。たとえ外部の医師が、被収容者の病について「手術が必要」と診断したとしても、入管上層部(所長など)が、「手術の必要はなし」と判断すれば、手術はできないシステムになっているというのだ。
そうした〝規則〟にのっとって、Aさんもただ「痛み止め」薬を服用するだけの「保存的治療」を受け続けた結果、症状は日増しに悪化した。
〝手術を要する病〟の診断が出されたわずか1カ月後の同年9月には、Aさんは居住区内での移動に松葉づえを使い、面会室に行く時は安全を期して車いすで移動するようになった。そしてその後、強い痛みが走るようになり、横になった状態での生活を余儀なくされたのだ。
排尿障害、背中の激痛、不眠、円形脱毛、ひどい便秘等などの症状が出始め、病の悪化は全身に悪影響を及ぼすようになった。
そうした状態になってから2年余りが過ぎた昨年12月、Aさんはとうとう座ることもできなくなり、常に横になった状態でいる「寝たきり生活者」になってしまったのだ。
一時は、異常な痛みで、緊急入院するほどの病状だった。今年1月7日に退院したが、大村入管は1月29日、Aさんを入管施設から県内の福祉施設に移送したという。
Aさんは昨年1月、国を提訴。実質的には手術の実施を求めて、現在、国家賠償請求訴訟を行っている。
入管職員たたきでは変わらない
大村入管の被収容者への傾聴ボランティア活動を始めて9年になる植松教会(大村市)福音宣教部の川田邦弘さんは、この事案についてこう話す。
「病気の被収容者の対応について、大村入管の現場職員をバッシングしても、責め立てても問題は解決しません。〝大村入管たたき〟をしても、全国の入管収容施設で同じような問題が発生するでしょう。根底は、入管行政そのものに問題があるということです。私たちの最重要課題は、入管の被収容者が、日本でも、また母国に戻っても命が守られるように支援するということです」
そのために求められることは、①支援者などが、傾聴ボランティア活動等で被収容者の命を支えること、また②被収容者に対する処遇に関して改善点があれば、声を上げて、粘り強く入管と交渉していくことだろう。
大村入管の面会活動に関わっている「移住労働者と共に生きるネットワーク・九州」(共同代表=マルセル・コース神父〈パリ外国宣教会〉ら)は毎年、大村入管や福岡出入国在留管理局(以下・福岡入管)の上層部とそれぞれ話し合いの場を設けている。福岡入管については、外国人技能実習生や留学生等の社会的弱者を支援する立場から、幅広いテーマで意見交換を行い、大村入管については、被収容者から聞いた入管収容施設内での処遇の状況について事実関係を確認し、両入管に改善を求めて交渉を続けている。
そして今回のAさんの事案については、大村入管に「根治治療であるはずの手術」を求めて地道な努力を継続している。
また野党を中心とする超党派国会議員への支援依頼が実って、今年1月28日には3人の国会議員が大村入管を訪問。Aさん本人と面会した後、大村入管所長に、Aさんが手術を受けられるようにとの申し入れを口頭で行ったという。
全国の入管収容施設で多くの被収容者が支援を求めている。それぞれの立場で、被収容者の命を守る具体的な行動を続け、この現状を変えていくしか方法はないのだろうか。