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第83回 名古屋入管の監視カメラ映像

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83 名古屋入管の監視カメラ映像
(カトリック新聞 2023年4月2日号掲載)

日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、帰れない重い事情のある者たちの強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」に対する人権侵害を考えるシリーズ第83回は、2年前に名古屋出入国在留管理局(以下・名古屋入管)で医療放置の末に亡くなったスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん(33)を映した名古屋入管の監視カメラ映像(以下「ビデオ」)について、2回に分けて取り上げる。

名古屋入管でウィシュマさんに何が起きたのか―。その全貌を解明するための重要な証拠として、遺族が全面開示を求め続けているのが、ウィシュマさんが亡くなるまでの姿を録画した295時間分の「ビデオ」だ。
ウィシュマさん死亡事件国家賠償請求訴訟(以下・国賠訴訟)の第1回口頭弁論が始まった昨年6月8日から、原告(遺族)は「ビデオ」の開示を法廷で求め続けていたが、被告(国側)はそれを無視。しかし裁判長が勧告を出したことから、国側は昨年12月、そのうちの5時間分を編集して提出したのだ。
そしてその5時間分の「ビデオ」は、今年5月10日の第6回口頭弁論で上映される予定だった。ところが、上映されれば、現在会期中の通常国会で審議予定の「入管法改定案」(新政府案)に〝悪影響〟が出ると考えた国側。その代理人(訟務検事)は1月17日、非公開で行われた進行協議の中で「(ビデオは)公開する必要性がない」と意見を出し、時間稼ぎの〝妨害行為〟を行い、上映は延期となった。
さらに国側は今年3月2日付で「証拠調べの実施方法に関する意見書」を提出。法廷の大型モニターで一般の傍聴人に「ビデオ」を公開することは「ウィシュマ氏の名誉・尊厳を侵害しかねない問題を生じさせる」などと偽善的な理由を列挙して、上映に猛反発をした。
しかし、そうした〝抵抗〟に対して、裁判長は憲法82条で保障されている「裁判の公開」原則に基づき、名古屋地方裁判所(名古屋地裁)の大法廷の大型スクリーンで、6月21日と7月12日に「ビデオ」を公開上映(検証)することを決定した。
さらに現在では、名古屋地裁に予約をすれば、誰でも裁判の証拠資料として5時間分の「ビデオ」を視聴することができるのだ。
国が隠し通したかった「ビデオ」には、いったい何が映っているのか。本紙編集部員も2回に分けて名古屋に出向き、DVD20枚に収められている5時間分の「ビデオ」を時系列で全て視聴した。

事実は隠せない。

そもそもウィシュマさんの死亡事件を解明する重要な証拠となるこの「ビデオ」を295時間から5時間に編集したのは、事件を起こした入管が組織した調査チーム。
入管が自分たちに都合のいい印象を与えようと〝必死に努力して〟編集したようなのだが、「事実」を完全に隠し通すことは不可能だった。ウィシュマさんの居室の天井に付けられていた監視カメラが記録していた「ビデオ」が明かしている。
確認できたことは以下の4点だ。
①入管がどのような意図で295時間分の「ビデオ」を取捨選択し、5時間にまとめ上げたのかという「編集の意図」が分かること。 ②入管は「最終報告書」(2021年8月10日公開)で、ウィシュマさんの死因は不明だとしながらも、入管の「医療体制に不備」があったと結論づけた。しかし、実際は名古屋入管による「虐待」「保護責任者遺棄致死傷」に相当する数々の行為が死に至らしめることにつながったこと。
③名古屋入管は、ウィシュマさんが亡くなる3日前には、ウィシュマさんが死ぬ可能性があると気付いていた様子がうかがえること。
④証拠提出されていない残りの290時間の「ビデオ」に、「死の真相」が隠されているという確信を抱かせること。
この4点を順番に見ていくことにする。

編集の意図

「ビデオ」は2021年2月22日からウィシュマさんが亡くなる3月6日までを映したものだ。「ビデオ」以前の2月15日に行われた尿検査のデータでは、脱水や栄養失調等の飢餓状態を示す「ケトン体3+」、また腎臓機能の異常を示す「たんぱく質3+」、さらに肝臓障害の疑いがある「ウロビリノーゲン3+」が出ている。
このような健康状態にあった、「ビデオ」の中のウィシュマさんは相当体調が悪かったはずだ。しかし、「ビデオ」の中で度々出てくる映像は、意外にも食事の場面だった。職員におかゆを食べさせてもらう様子が何度も何度も繰り返し登場する。
おかゆにたっぷりの砂糖を入れてもらう。ピーナッツバターを口に入れてもらう。「もっと食べる」と言うウィシュマさんの声。ある時はスプーンで10口もおかゆを食べるウィシュマさん。
あたかも、視聴者にウィシュマさんの食欲があると誤解させるような場面をつなぎ合わせた編集で、違和感を覚える。
そこで「編集の意図」に気付いた。
ウィシュマさんは生前、体調不良を訴えていたが、入管はそれを「詐病」として扱っていた。
「ビデオ」は、「実は彼女は元気なのに病気と偽る『詐病』だったのだ」ということを強く印象づけようとするものなのだが、「ビデオ」を注意深く確認すると、ウィシュマさんは、食べては吐く、食べては吐くを繰り返している。
生きようと必死で食べ物を口にするが、衰弱しているウィシュマさんはほとんど吐き出してしまう。口に入れてもらったバナナを飲み込む力もない。食べたとされるおかゆも、茶碗の4分の1にしかならない少量なのだということが職員の発言で分かるのだ。
「詐病」を印象づける「編集の意図」とは裏腹に、ウィシュマさんの飢餓状態や脱水症状が深刻化していたのは明白だ。

保護責任者遺棄致死傷罪

次にウィシュマさんの死因が「医療体制の不備」によるものなのかという点だ。「ビデオ」には一般紙でも報じられているように「介護虐待」といえる場面が多々映っていた。
【2月23日午後7時台】 咳き込み、嘔吐するウィシュマさんが「死ぬ」と苦しそうに訴えるが、女性職員は「大丈夫、死なないよ。つらいのは分かるけど、絶対『死ぬ(こと)』はない」と言って、取り合わない。
「病院連れていってお願い。お願いします」と命乞いをするウィシュマさんに、職員は「トイレに行く?」と話をはぐらかす。
「病院に行けるようにお願い」と再び懇願するが、職員は「私の力では『パワー、権力』ないからできない」と言う。それでもウィシュマさんが「病院連れていって、お願い」と訴えると、職員はこう言い放つ。
「一回大きく息を吸って吐いて。ゆっくり、ゆっくりでいいよ。痛いこと以外のこと考えようか」
その後、ウィシュマさんは「セーライン(点滴)」とお願いするが、職員は「セーライン?何? 分かんないな」と言って、聞き流す。ウィシュマさんが懇願する声で23日の「ビデオ」は終わる。
【2月24日午前4時台】 寝ながら嘔吐するウィシュマさん。インターホンで担当職員を呼び、「息難しい(呼吸ができない)」と苦悶するが、職員は「息できる。深呼吸(してみて)」と言うだけ。
その後、ウィシュマさんの言葉にならないうめき声が約20分続く。居室に入ってきた職員の笑い声がかすかに聞こえる。そして「私死ぬ」と言うウィシュマさんに、職員は「死なない、死なない」と応答する。
【2月26日午前5時台】 ベッドから落ちるウィシュマさん。インターホンで担当職員に何度も何度も助けを求めるが、職員はインターホン越しに「今、行けない。自分一人で頑張って」と放置する。十数分後、やっと2人の女性職員が来るが、ウィシュマさんをベッドに上げることができず、床に放置したまま「朝まで我慢してね。ごめんね。おやすみ」と言って立ち去る。その後、ウィシュマさんは3時間ほど床に放置される。
こうした数々の場面は、「医療体制の不備」ではなく、意図的に〝医療を施さず〟にウィシュマさんを死に追いやったことを証明するものだろう。
ところがこの「介護虐待」と「医療放置」の〝日常〟が一変する日がやってくる。
それは、ウィシュマさんの最期が近づいてきた3月3日だ。どうやら、入管は彼女の死を〝確信〟し、職員たちは責任逃れの隠蔽工作を始めるのである。
次回は、「ビデオ」が語るその「事実」を見ていくことにする。

国側が証拠として提出した5時間分の「ビデオ」(DVD20枚)を受け取ったウィシュマさんの遺族(2人の妹)は昨年12月26日、司法記者クラブで会見を行った

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