(カトリック新聞 2020年7月12日号掲載)
日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」への人権侵害を考えるシリーズ第9回は、入管収容施設内で暴力を受けたクルド人のデニズさん(41)。
現在、3度目の難民認定申請中のデニズさんの母国はトルコ。クルド人として常に身の危険を感じていて、ナイフで刺されるなど迫害を受けたため、2007年にビザが取りやすく、安全な日本を避難先に選んでやって来たのだ。
11年に日本人女性と正式に結婚するものの、「配偶者ビザ」が下りず、16年に東京出入国在留管理局(東京都港区/以下・東京入管)を経て東日本入国管理センター(茨城県牛久市/以下・牛久入管)に収容された。
東京と牛久の両入管では職員から「オリンピックがあるから(治安維持のため)収容は長くなる」と宣告を受けた。また「国に帰れ。ここは私たち(日本人)の国。あなたには、いてほしくない」と言われ、精神的かつ身体的暴力を受け続けてきた。
今年3月24日、約4年の長期収容生活を経て「仮放免」(注)の許可が下り、妻が待つ自宅に戻ってきたものの、壊れてしまった精神と肉体はなかなか回復しない。不眠と「殺されそうになる」悪夢が続く。そして「死にたい気持ち」に陥る苦悩の日々を過ごしてきた。
国家賠償請求事件
入管収容施設は、外国人専用の刑務所ではない。難民として認定されないとか、日本人妻がいるのに配偶者ビザが下りないなど、在留資格が得られず、退去強制令書が出た外国人が無期限に長期収容されている〝場所〟なのだ。収容から6カ月もたつと、多くの被収容者は不眠、うつ症状を訴え始める。
デニズさんは昨年1月19日午後11時30分ごろ、「眠れない」と職員に訴え、向精神薬を求めたところ拒否された。デニズさんは納得できず質問を繰り返したところ、無理やり別室に運ばれ、「制圧」と称して、複数人の職員がデニズさんの首、手足をいきなり押さえつけてきた。そして後ろ手に手錠をかけ、痛みを与えるように両腕を締め上げた。
押さえ付けられたデニズさんの頭からは血がにじむ。ぐったりとして無抵抗のデニズさんに対して、ある職員は「痛いか?痛いか?」と言いながら、あごの下の痛点に何度も何度も強く指を押し付けた。デニズさんは「殺される。殺される。腕が壊れる」と訴えるが、職員は手を緩めることはなかった。そしてデニズさんは5日間、〝懲罰房〟(隔離室)に入れられた。
職員によるこの暴力は国家賠償請求事件となり、現在、係争中だ。国側は、デニズさんを取り押さえる30分の録画映像を、デニズさんの代理人弁護士の要求により東京地裁に提出。その暴行シーンは裁判後、弁護士によって公開された。デニズさんを担当する大橋毅弁護士はこう話す。
「首の痛点を押し付ける等の暴行は、入管職員が、相手(被収容者)を黙らせるために、頻繁に使っている行為だと思います。このままだと、日本の入管収容施設は、かつてイラク戦争の際、米兵がイラク人捕虜を虐待した施設『アブグレイブ刑務所』のようになってしまう」
〝クスリ漬け〟
さらに入管収容施設内でデニズさんを苦しめたのは、睡眠薬や精神安定剤、抗精神病薬など、入管内の医師による向精神薬の不適切な処方で〝クスリ漬け〟になったことだ。今年2月20日から3月17日までに、デニズさんは10回の自殺未遂を繰り返した。デニズさんはこう話す。
「(向精神)薬が強すぎて、気付かないうちによだれが流れていることや、幻覚もあった。自分で首を絞めたり、換気口にシーツをかけて首つりしたり、便器の水を飲んだり、ビニールを飲み込んだり…でも全然覚えていない。死にたいと思っていないのに、自殺未遂して、気が付いたらベッドにいたこともあります。知らない間に死んでしまったらどうしようと、本当に怖かった」
こうしたデニズさんの変化を見てきた支援者の都留孝子さん(高校教諭)は、デニズさんが自殺未遂を図った時の共通点があることに気が付いたという。必ず向精神薬の処方が変わった時に、デニズさんの自殺未遂が起きていたことだ。
そこで、都留さんは、デニズさんから向精神薬の名前や服用量を聞き、製薬会社にも問い合わせをするなど、処方が正しいのかどうかを調べたという。その中で、製薬会社の説明書では2錠までとなっている薬が、デニズさんには4錠処方されていたことが判明した。
「入管は、収容施設内では治療はしません。あくまで応急処置だけなので、被収容者から『眠れない』などと言われるたびに、入管内の医師は何かしないといけないから、その場をやり過ごすみたいなことで、薬を変えるのだと思います」と都留さんは話す。
デニズさんはこう強調する。
「これまで入管内で自殺した人や自殺未遂者が何人もいますが、向精神薬が原因だったのではないかと思います。入管収容所にいたら、皆、殺されてしまいます。人間扱いしない入管収容所の現実を日本の人や、世界中の人に知ってほしい。まるでナチスの強制収容所みたいなんです」
デニズさんは、根拠のない無期限の長期収容をやめるようにと強く訴えている。
【注】仮放免とは、入管の収容施設外での生活を認める制度。仮放免中は、就労が禁止され、入管の許可なく居住地がある都道府県を出ることができず、また健康保険に加入できないなど、生活は束縛され、困窮する。