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52 「人間の尊厳」を破壊する行為
(カトリック新聞 2022年2月13日号掲載)
日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、帰れない重い事情のある者たちの強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」に対する、人権侵害を考えるシリーズ第52回は、前回に引き続き、昨年3月に名古屋出入国在留管理局(以下・名古屋入管)で亡くなったスリランカ人女性の「ビデオ映像」について。その映像を見た参議院法務委員会の野党筆頭理事、有田芳生(よしふ)議員へのインタビュー。
医療放置の末、亡くなったウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)の最期の約2週間を記録したとする、入管編集の「ビデオ映像」が昨年12月27日、突然公開された。
ただし、開示対象者は、参議院法務委員会の理事、委員らのみ。そして、この6時間26分に編集された国会議員向けの「ビデオ映像」には、それまでウィシュマさんの遺族や遺族代理人弁護士にも開示されていなかった映像が含まれていたのである。
死亡3週間前は深刻な飢餓状態
この「ビデオ映像」を見た、参議院法務委員会の野党筆頭理事、有田議員は開口一番、編集版「ビデオ映像」の一番重要な点を抑えておくべきだと、こう指摘した。
「『ビデオ映像』は2月22日から亡くなる3月6日までのものですが、その前の2月15日、ウィシュマさんが名古屋入管で受けた尿検査で『ケトン体3+(プラス)』という結果が出ています。ケトン体は、栄養が十分にとれていない時に検出されるもので、『ケトン体3+』は飢餓状態の数値。看護師もそれを認識していた。この時点で緊急入院させ、点滴で栄養補給をしていれば、ウィシュマさんの命は救えたのです」
しかしウィシュマさんの死亡事案に関する〝最終版〟とされた「調査報告書」の別添資料【1月15日から3月6日までの経過等の詳細】には、2月15日の尿検査について、名古屋入管の看護師が非常勤医師に「尿検査結果を伝えた」(27㌻)とあるが、報告を受けたとされるその医師は「尿検査結果を把握したかどうかの記憶は定かではない」(同㌻注44)と述べている。
つまり、この「飢餓状態」を示す重要な検査数値が出ているにもかかわらず、医療従事者たる医師も看護師も一切医療的措置を施さなかった、というのである。
昨年4月9日に公表された、この死亡事案の「中間報告書」でも、入管調査チームは、この重要なデータ数値、「ケトン体3+」については一切触れていない。こうした肝心な点についての記述がないことからも、ウィシュマさんの死亡事件に関して何か〝組織ぐるみで隠蔽(いんぺい)〟しようとする意図があるのではないか、との疑念が湧いてくる。
〝介護〟での虐待
飢餓状態で固形物はもちろん、水さえ飲めない状況に陥っていたウィシュマさんには、点滴治療が不可欠だった。しかし、「ビデオ映像」には有田議員がびっくりするほどの、信じられない光景が映っていた。それはこんな具合だったと言う。
入管職員が、ウィシュマさんの口の中に食べ物を入れる。ウィシュマさんは吐く。すると、再び入管職員は彼女の口に食べ物を入れる。そして彼女が吐く、という繰り返し。 また別の日には、ウィシュマさんがベッドから落ちて、インターホンで助けを求めていた。「担当さん」と必死で助けを求める声は、何と16回以上にも及んでいたという。そこで、やっと2人の入管職員が居室に姿を見せるが、結果的に、ウィシュマさんを床に寝かせたまま、「朝までガマンしてね」と言って出ていってしまう。
この映像を見た有田議員は、「これは〝介護虐待〟であり、『人間の尊厳』の破壊だと感じた」と話す。そして最も深く心に突き刺さった場面について、こう振り返った。
「亡くなる2日前、昨年3月4日の映像です。ウィシュマさんは起き上がれない。ベッドに横たわる彼女の足は伸びたままの状態。手も動かない。明らかに顔色にも異変が認められた。職員が『大丈夫?』と声を掛けても、ウィシュマさんは目も開けられない。明らかに異常事態。私なら、上司に反対されても救急車を呼びますよ。入管職員も、『これは、とんでもないことが起きている』と気付いたはずです。でも、2人の入管職員は、ウィシュマさんに触れることもせず、ただ立ったまま、じっと見つめているだけ。ただただ、見ているだけなんです」
入管現場の違和感
「ビデオ映像」に映った入管職員は、総じて〝熱心に職務を遂行〟しているように見えたという他の議員からの意見があるが、有田議員が感じたのは、それとは相いれない「現場の違和感」や「現実とのギャップ」だった。
入管職員は、上司の命令に従って、マニュアル通りに〝真面目〟に〝忠実〟に仕事をしているようなのだが、それらはみな〝ルーティンワーク〟(お決まりの仕事)の範囲に限られているもので、そこに被収容者に対する気遣いや、人の「命や人権を守る」という視点は全く感じられない。
目の前にいる被収容者の体調や病状がどうであれ、臨機応変に処置を行うこともせずに、ただただ日々の決められた通りの仕事を〝忠実〟にこなす。上司の許可がなければ、救急車も呼べない。そうした規則があるので、入管職員は自己判断で救急車を呼ぶことはない。あくまでも、入管のルールに従って〝忠実〟に行動する。そこには、規則通りにのみ動くことを「是(ぜ)」とする、「入管独自の仕組み」があるのかもしれない。
ウィシュマさんは亡くなる前日(昨年3月5日)、うつろな顔で横たわり、時々うめき声を上げていたという。そのウィシュマさんに、看護師は「長いね、足」、「いい体に産んでもらったね」などと明るく声を掛けていたという。
有田議員はこう話す。
「知り合いの医師に、この看護師はどうしてこのような言葉を掛けているのかを尋ねたのです。すると医師は、『これはみとりの時に使う言葉』だと指摘したのです」
果たして、入管職員は、ウィシュマさんに死が迫っているということを認識していたのか。そうだとすれば、目の前で苦しむウィシュマさんに対して救命行為もせずに、放置し、死ぬのを待っていたということになる。
特高警察の体質
入管は、本当に「非正規滞在の外国人」はどうなってもいい、あるいは死んでもいいと考えているのであろうか。有田議員は、戦前の治安維持法的な体質が、現在も入管に流れていることを指摘する。
戦前の治安維持の役割を担った特別高等警察(以下「特高警察」)は、日本が朝鮮半島を植民地にしていた時代に、朝鮮人等の外国人の出入国管理の役割も果たしていた。戦後、「特高警察」が廃止されてからは、入管がその役割を担うようになったという。その古い伝統、体質こそが、治安維持のためならば、「非正規滞在の外国人」の人権は無視してもよいという考えにつながっているのだ、と指摘する専門家は多い。
取材の最後に、今回なぜ入管は限定的ではあるが「ビデオ映像」の開示に踏み切ったのか、を聞いてみた。これに関して、有田議員はこう答えた。
「日本政府は、難民認定申請者等の『非正規滞在の外国人』を〝不法滞在者〟と捉えているので、彼らを日本から追い出したいわけです。だから、彼らを母国に帰すためには、入管法の変更が不可欠です。入管法を変えるためには、野党議員が議論のテーブルに着く必要がある。それには、野党の要望を受け入れなければ、先に進まない。そこで、かねてからの要望に応える形でウィシュマさんの『ビデオ映像』が開示されたわけです。彼らの目的の全ては、入管法を変えるためなのでしょう」